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怒りの業が消滅した実話

(前略)先日の聖ヶ丘の統一修行会の時のHさんの話が、世界平和の祈りの成果をハッキリ現わされていたので、ここに一筆してみようと思います。

Hさんという人は、生来の短気と酒豪家で、奥さんや子供さんたちを困らせていた人なのでありますが、消えてゆく姿の教えを聞き、世界平和の祈りを行じているうちに、二ヶ月もすると、いつの間にかその飲酒のくせが直ってしまい、短気も起こらぬようになってしまったのです。ところが、それから一年なんら波風なく過ごしていた家庭に、時ならぬ風波が起ころうとしかかったのであります。

それはどうしたことかと申しますと、Hさんの職業は整骨医でありまして、その日はある患者に二時にくるようにと約束しておきながら、市川のお祈りの会に参加していて、約束の時間をはるかに過ぎて、千葉の自宅に戻ったのでありました。ところが、患者は勿論怒って帰ってしまい、夫の帰宅を待ちながら、いてもたってもいられないでいた奥さんが、かんかんになって怒ってしまい、何度も何度もくどくどと夫に向かって文句を言い、ついには明日からあなたにはご飯を食べさせません、といい、果ては、明日からの市川の五井先生行は禁止します、といったというのです。

今日までは短気をすっかり消し去ってしまっていたHさんも、ご飯を食べさせぬぐらいはたやすいことだが、五井先生のところへ行ってはいけないといわれてはもうがまんできぬ、と、六尺近い体の拳を固めて「出て行け!」と大喝一声ぶんなぐろうと、腕をぶるぶるふるわせた時、自分の本心の声が「今日までの、世界平和の祈りや五井先生の教えがいったいどうなる!」と、喝のように聞こえて来たのだそうです。それは自分の本心の声でもあり、五井先生の声でもあったと、その時のことをHさんは、聖ヶ丘の統一修行会での体験談で語っておりました。

その喝と同時に怒りの想いが、すうと消え去り、改めて妻や患者に約束を破ったことの過ちを詫びる気持になり、再び奥さんに頭を下げたというのです。そしてHさんは、私は皆さんの中で統一が一番下手だと思っていましたが、あんな風に本心の中で咄嗟の間に統一できたことで、私の統一もまんざらでもないと思いました。ということを言葉でははっきりだしませんでしたが、心の中でいっていたのでした。

私は、Hさんが大きな体で涙を流しながら、世界平和の祈りによって業想念を超越でき得た喜びを語るのを聞きながら、思わず喜びの涙で瞼をぬらしてしまったのでありました。その後日、Hさんは「妻も先生の信者なのですから、五井先生のところへ行ってはいけないなどと、いくら腹が立ってもいいっこないのですが、あんな風にいったのは、きっと神様が私の最後の怒りの業を消し去るために、私が一番いわれたくない言葉で私を怒らせようとなさったのでしょう」といわれて、にこにこ笑っておられました。

私はこのHさんの様子をみていて、消えてゆく姿の教えと、世界平和の祈りが持つ、深い愛の光をまざまざとそこにみせられていたのでありました。

五井昌久著『霊性の開発』より