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神人(真人)をつくる祈り

人間は万物の霊長であり、神の子であるということは真理なのです。しかし、私たちの考えている人間というのは、神人、あるいは真の人であって、現在の人類というものは、本当の人にはなりきっていないのです。まだそこまで進化していないのです。

人間神の子というのは、進化しきった時の名称であって、いまだ神の子の姿を本当に現わしてはいないわけです。人間と動物性が混ざり合わさっている人間が大半で、平均して人類はそういう状態です。

それで今この宇宙の変化というものは、地球の人間を急速に神の子たらしめんとして、神々が働かれている状態です。どういうのを神の子というかというと、分霊(わけみたま)の自分と守護霊守護神が一つになって想念行為をしているという状態です。

守護霊守護神を離れて、自分勝手にやっているものは、神の子でも神人(しんじん)でも真人(しんじん)でもないのです。やっぱり動物なんです。ただ誰も彼も、どんな悪そうに見える人間でも、守護霊守護神は働いていて、神のこの本質があるわけです。

ただ、業想念でおおわれている。厚くおおわれているものは動物以下の働きをするようになる。何故かというと、考える力とか創造する力とか、計画する力が人間にはありますから、動物よりもずっと利口に立ち廻れるわけです。それは神の子ではない。神の子の姿が隠れていて、業想念がそのまま現われている。

大体、今の人間はそういうふうになっています。ですから、誰も彼も神の子、というわけにはいかないんです。神の子であるけれども、神の子の姿を現わしていない人のほうが多い。たまたま現わしてしていることがあるけれど、また悪魔的なことが現われたりしている。玉石混交で動いています。

それをわれわれの平和の祈りによって、すべてを神の子たらしめんとして、「守護霊さんがあるんですよ、守護神さんがあるんですよ。そして守っているんですよ。一つになれば神の子になるんだよ。だからいつも守護霊さんに感謝しなさい。」というように教えているわけです。それで、その波動圏に入ってゆけば、大光明波動のところだから、そこで洗い浄められてゆくうちに、神の子になってしまうわけです。

五井昌久著『内なる自分を開く―本心開発メソッド』より