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心謙虚なる者は幸いなり

何故、謙虚であることが幸いかと申しますと、いつも謙虚に世の中を渡っていますと、常に向上心があるわけです。

「俺は富もある。地位もある。もうこれでいいんだ。何も精神的なむずかしいものは必要はない。そのまま伸びてゆけばいい。」というのではなくて、常にへりくだって、「自分はまだだめなんだ。神さまに比べたらなんて小さな人間だろう、ああキリストは偉かったな、お釈迦さまは偉かったな、あの人も偉かった、この人も偉かった、私もどうか立派な人物になれますように。」と思っていますと、高いところをめざす向上心がある。

いつも反省し、悔い改めて進んでゆくわけです。
そういう心の者は、一生のうちにどれだけ得をするかわからない。
どれだけ立派になってゆくかわからない。

だから第一に、へりくだったもの、心の謙虚な者は幸いである、というように、イエスは言っているのです。

五井昌久著『心貧しき者は幸いなり』より