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高級霊(ハイスピリット)は上機嫌③

(つづき)

想いがすべてを決定するのだから、人間一人一人の想いが、明るい上機嫌か不機嫌かによって、簡単にいうと運命が決まるのですよ。

それをむずかしく学者方が言っていますが、根本をいえば、明るい上機嫌がいい。

どんなことがあっても気分がこわれない、どんなことがあっても自分の心が暗くならない、自分の心が怒りにみちない、いつでも明るくやわらかく朗らかになっていられる……、そういう心が一番大切なのです。

それが神さまのみ心なのです。

だから、”神、神”と外へ求めたって、本当はしようがないのです。”天にまします”でなく、”わが内にまします神さま”。

その神さまはどういう形であるかというと、明るく、やわらかく、慈愛に満ちているわけです。

神さま神さまといいながら、人をやっつけたり、自分をいじめたり、傷つけたりするのは、神さまの心に反します。

自分を痛めるのも、人を痛めるのも、神さまのみ心に反するのだから、明るい上機嫌でいなければいけない。

それにはどうするか?不機嫌をなくすればいいんです。ところが皆、不機嫌ばかりをつかまえている。

「私はなんだかしゃくにさわって」といってます。さわったのがさわりなのですから、これをどこかにもってゆく、つまり、神さまの中にもっていって処理してもらうのです。

不機嫌という感情をつかまえてはいけませんね。しかし、つかまえてしまったら、つかまえたなり、世界平和の祈りの大光明の中に入ってしまうのです。

光が自分の中に輝いているのだけれども、本心の光の中に入るのには自分が弱すぎる。どうしても業に囲まれて、怒りなら怒り、不安なら不安の中に入ってしまう。

本心の中に入れば消えてしまうのだけれど、本心の中に入れない。出てくる業想念にふりまわされてしまう。

そしたらば、本心が大きく出ている人のところにもってゆくのです。「どうしましょう」ってね。

(つづく)

五井昌久著『高級霊(ハイスピリツト)は上機嫌』より