五井先生に学ぶ

今改めて学ぶ『人間と真実の生き方』

人間と真実の生き方について②

投稿日:2017年9月7日(木)

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人間と真実の生き方

人間は本来、神の分霊であって、業生ではなく、つねに守護霊、守護神によって守られているものである。

この世のなかのすべての苦悩は、人間の過去世から現在にいたる誤てる想念が、その運命と現われて消えてゆく時に起る姿である。

いかなる苦悩といえど現われれば必ず消えるものであるから、消え去るのであるという強い信念と、今からよくなるのであるという善念を起し、どんな困難のなかにあっても、自分を赦し人を赦し、自分を愛し人を愛す、愛と真と赦しの言行をなしつづけてゆくとともに、守護霊、守護神への感謝の心をつねに想い、世界平和の祈りを祈りつづけてゆけば、個人も人類も真の救いを体得できるものである。

(つづき)

『消えてゆく姿』という救いの言葉

前述したとおり、五井先生の教えの根底には、『人間神の子完全円満』という人間観が一貫して流れています。

現存しているお話の録音、書籍の内容等、何処を探してみても、人間を不完全な存在であると認める言質げんちがないのです。

しかしこの世に生きる多くの人々は、自分たちは不完全で欠点だらけの存在だと思い込み、そう認識をし切っています。

いわゆる性悪説に立った人間観を根底にして生きているわけです。

そのような世界のなかでは、良心の麻痺している人々は、その不完全さを当然のこととして正当化し、反省して生き直すこともせず、相も変わらず、取った取られた、勝った負けたと、二元対立の競争原理のなかで切磋琢磨したり、他人を蹴落としてでも自己が上に這い上がろうと画策しながら生きているのであります。

しかし、人間の神性を認める素養のある人は、そんな世界のなかにあっても、真理に則り正しく生きようとしているのですが、なかなか出来ず、出来ない自分や他人をもどかしく思って、責め裁いたり、低く見たりしている境地にとどまっている人が大勢おられます。

人間が本質を忘れて生きているこの状況について、五井先生は、「この世のなかのすべての苦悩は、人間の過去世から現在に至る誤てる想念が、その運命と現われて消えてゆく時に起る姿である」と種明かしして説明されています。

この言葉は真に救いの言葉でありまして、この『人間と真実の生き方』を、数えきれないくらい何度も繰り返し音読し、紙に書き写しつづけつつ、そこに書かれた内容を地道に実践してゆきますと、“性悪説に毒された人間観の記憶”が浄化(生命光に還元)されて、真実の人間観、すなわち「人間は本来、神の分霊であって、業生ではなく、つねに守護霊、守護神によって守られているものである」という事実が表面化してきて、次第に当然認識になってゆくのであります。(つづく)

 

 

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