五井先生に学ぶ

今改めて学ぶ『人間と真実の生き方』

人間と真実の生き方について⑤

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人間と真実の生き方

人間は本来、神の分霊であって、業生ではなく、つねに守護霊、守護神によって守られているものである。

この世のなかのすべての苦悩は、人間の過去世から現在にいたる誤てる想念が、その運命と現われて消えてゆく時に起る姿である。

いかなる苦悩といえど現われれば必ず消えるものであるから、消え去るのであるという強い信念と、今からよくなるのであるという善念を起し、どんな困難のなかにあっても、自分を赦し人を赦し、自分を愛し人を愛す、愛と真と赦しの言行をなしつづけてゆくとともに、守護霊、守護神への感謝の心をつねに想い、世界平和の祈りを祈りつづけてゆけば、個人も人類も真の救いを体得できるものである。

(つづき)

人間と真実の生き方を実践しても救われを実感できない場合

もしも『人間と真実の生き方』を実践してみて、揺らぐことのない真の救われの実感を体感できない場合があるとしたなら、『神と人間』に書かれている後述の箇所を参考にして、みずからの意志で信仰や信行の方向性の軌道修正をはかるのがよいと思います。

「宗教に入って愛の心が湧きあがらぬようならば、その人は真の宗教人ではなく、神に祈りながら安心立命の道に入ってゆかぬならば、その人の神観は誤りであり、その祈りは正しいものではない。」

五井昌久著『神と人間』より

一読すると厳しいお言葉ですが、この言葉が真に意味するところ、五井先生がこの文章で本当にお伝えしたかったことを、味わいながら観てゆきましょう。

この場合の愛の心とは、思いやり・寛容・赦し・慈しみなどの心です。

また、ここに書かれている安心立命とは、神我一体を体得した境地であります。

それは、真実に神のみ心を己が心として生きられる心境であり、また、いのちの光をそのままスッキリと顕現して生きていられる境涯のことでもあります。

「いつも誰かに背中を押してもらえなければ信仰が深まらない」とか、「常に神さまに手を引っ張って歩かせてもらわなければ幸せな気持ちが持続できない」などという心境は、全地球人類が魂の自立を促されている21世紀の人類の生き方ではありません。

五井先生は、絶対他力の道を説かれはしましたが、いつまでもすがりつくことばかりを推奨されていたわけではありません。

五井先生の薫陶を受けた人々が、神の子の力を発揮して足音高く進む日が来なければ、地球はいつまでも二元対立の業生的展開をのがれ得ないのです。

夜明けなり けがれし世々の
人もみなまことの心
磨きつゝ光と照らし
大いなるみ愛のもとに
新しき世界をつくる
神の子の力をだし
足音も高く進まん

『白光の歌』の一節より抜粋

五井昌久著『ひゞき』より

その教えの根底、絶対他力行の先には、神性人類への脱皮(地球人類すべてが神の心を自己の心として生きる)をすすめられていたことは、五井先生のあらゆる著書や録音音声を繰り返し見聞された方ならば、ハッキリと理解されていることではないでしょうか。(つづく)

 

 

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