五井先生に学ぶ

今改めて学ぶ『人間と真実の生き方』

人間と真実の生き方について⑦

投稿日:2017年9月12日(火)

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人間と真実の生き方

人間は本来、神の分霊であって、業生ではなく、つねに守護霊、守護神によって守られているものである。

この世のなかのすべての苦悩は、人間の過去世から現在にいたる誤てる想念が、その運命と現われて消えてゆく時に起る姿である。

いかなる苦悩といえど現われれば必ず消えるものであるから、消え去るのであるという強い信念と、今からよくなるのであるという善念を起し、どんな困難のなかにあっても、自分を赦し人を赦し、自分を愛し人を愛す、愛と真と赦しの言行をなしつづけてゆくとともに、守護霊、守護神への感謝の心をつねに想い、世界平和の祈りを祈りつづけてゆけば、個人も人類も真の救いを体得できるものである。

(つづき)

消えてゆく姿について

五井先生の教えの他にない特徴のひとつは、【消えてゆく姿】について説かれたことです。

消えてゆく姿とは、赦しの言葉であり、救いの言葉でもあります。

とかく人間の想いというのは、なにかと自他を、卑下高慢の想いを元にして評価する想いに偏りがちです。

その評価(真理から遠い認識)が業想念となって、未来の悪因をつくり出していたのですが、この『消えてゆく姿』という言葉を使って認識評価し直すことで、自分の至らないところも、他人の過ちも、どのような苦悩の状況下にあっても、すべてを責めずに赦すことが可能になるのであります。

そこでこの消えてゆく姿という言葉を使って、「ああ、足をぶつけた、痛い、消えてゆく姿だ」、「いま悪口を言われた、くやしい、でも消えてゆく姿だ」と単純に思うだけでも、想いがその後そこに把われないでいられれば消えるのですが、五井先生は、消えてゆく姿と思ったすぐ後に、世界平和の祈りを祈ることを推奨されておられます。

そのまま放っておけば、形の世界に100%出るものを、形の世界に出ない前に10%で済ませる。あるいは1%で済ませる。そういう方法が、消えてゆく姿で世界平和の祈りなのです。

消えてゆく姿だけではないのです。そのあとに、世界平和の祈りがあるのです。

消えてゆく姿のものを、形の世界に出すより以前に、世界平和の祈りの中に出してしまう。それで形の世界にこぼれ落ちてきたものは仕方がない。

それは責めないで、それこそ消えてゆく姿だと、自分も人も赦すことです。(後略)

五井昌久著『白光誌1967年3月号』より

「消えてゆく姿だ」と思ったそのすぐ後に、世界平和の祈り言に消えてゆく姿と思った内容を乗せて、神さまの世界へもろとも還元することで、消えてゆく姿と認識した想いがきれいサッパリと浄まり、消え去ったと同時に世界平和の祈りの大光明が心身に流れ入ってくるのです。

これが、五井先生の教えの最大の特徴です。

この祈り方を繰り返すことで、消えてゆく姿の表れがどんどん少なくなってゆき、ついには最低限の消えてゆく姿のみ(人間生活が他のたくさんの生物の犠牲の上に成り立っていることなど)になってゆくのであります。(つづく)

 

 

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