五井先生に学ぶ

今改めて学ぶ『人間と真実の生き方』

人間と真実の生き方について⑨

投稿日:

    文字サイズ  
  • A
  • A
  • A
  • A
  • A

人間と真実の生き方

人間は本来、神の分霊であって、業生ではなく、つねに守護霊、守護神によって守られているものである。

この世のなかのすべての苦悩は、人間の過去世から現在にいたる誤てる想念が、その運命と現われて消えてゆく時に起る姿である。

いかなる苦悩といえど現われれば必ず消えるものであるから、消え去るのであるという強い信念と、今からよくなるのであるという善念を起し、どんな困難のなかにあっても、自分を赦し人を赦し、自分を愛し人を愛す、愛と真と赦しの言行をなしつづけてゆくとともに、守護霊、守護神への感謝の心をつねに想い、世界平和の祈りを祈りつづけてゆけば、個人も人類も真の救いを体得できるものである。

(つづき)

消え去るのであるという強い信念

この「消え去るのであるという強い信念と、今からよくなるのであるという善念を起し、どんな困難のなかにあっても……」の部分をクローズアップして読み解きますと、『真実の生き方を実践するためには、「消え去るのであるという強い信念」が必要であり、それと併せて「今からよくなるのであるという善念を起す」ことが必要である、そして、真理を実践するためのバネ、燃料ともいうべき“この二つの意志”を、「どんな困難のなかにあっても」行いつづけるのだ』と説かれております。

「消え去るのであるという強い信念」は、どんな苦悩も現われれば必ず消え去るものであるという原理に基づいて想う信念であります。

今からよくなるのであるという善念を起す

また、「今からよくなるのであるという善念を起す」ことは、この対極にあるネガティブな各種の想いが“消えてゆく姿”の想いであるので、それらのマイナス念波を想い語る代わりに、神の子としてあるべき光明思想に徹することの必要性を説かれた箇所であります。

五井先生は、ご自身を「光明思想家」と表現され、徹底した光明の意識を貫かれ、光明の思想を説かれて、光明思想一本やりで生きることを人々にすすめておられました。

どんな困難のなかにあっても

最後に、「どんな困難のなかにあっても」という言葉を文中にわざわざ入れたのは、感情想念の性質として、うまくいっているときはできるけれど、ことが思い通りに運ばないときにはついついひるんでしまい、実行をやめてしまうという性情を見越してのものだと思われます。

どんなことでも、何かを成し遂げようとすれば、それ相応の覚悟がいります。

この短い文言は、その覚悟をどんなときにも忘れないようにという、五井先生のご愛念だと思います。(つづく)

 

 

Copyright© 五井先生に学ぶ , 2017 All Rights Reserved.