五井先生に学ぶ

今改めて学ぶ『人間と真実の生き方』

人間と真実の生き方について⑩

投稿日:

    文字サイズ  
  • A
  • A
  • A
  • A
  • A

人間と真実の生き方

人間は本来、神の分霊であって、業生ではなく、つねに守護霊、守護神によって守られているものである。

この世のなかのすべての苦悩は、人間の過去世から現在にいたる誤てる想念が、その運命と現われて消えてゆく時に起る姿である。

いかなる苦悩といえど現われれば必ず消えるものであるから、消え去るのであるという強い信念と、今からよくなるのであるという善念を起し、どんな困難のなかにあっても、自分を赦し人を赦し、自分を愛し人を愛す、愛と真と赦しの言行をなしつづけてゆくとともに、守護霊、守護神への感謝の心をつねに想い、世界平和の祈りを祈りつづけてゆけば、個人も人類も真の救いを体得できるものである。

(つづき)

自他を赦し愛す、愛と真と赦しの言行

その後につづく、「自分を赦し人を赦し、自分を愛し人を愛す、愛と真と赦しの言行をなしつづけてゆくとともに」の箇所は、一見してすぐにでも実行出来そうですが、なかなかどうして、時間のかかる部分です。

私の経験では、この箇所が「出来始めた」と思えるようになるまでに、三十年近い歳月を要しました。

原因を先に申しますと、自分を赦し愛することが出来ていなかったのです。

始めの頃は、他人を赦し愛することが出来ないと思っていました。

しかしそれは間違いで、自分を赦し愛することが出来ていなかったために、他人を赦し愛することが出来なかったのです。

あるとき、心を落ち着けて周囲を見渡してみたときに、「自分を赦し愛することが出来ている人は、他者へも寛容に振る舞っているのだなぁ」と思う出来事がありました。

そのときを境に、他者に対して感じる想いを、鏡を見るように自分に向け直すように努めたところ、すべての他者評価の原因が、他人ではなく自身にあることに気づくことが出来るようになりました。

そうしているうちに、自他を赦し、愛する実践のコツが、少しずつつかめるようになってまいりました。

五井先生の肉体をとおして、老子や金星の長老、イエスキリストなどが、大変に厳しいお話をされていた昭和37年の五井先生の講話のひとつに、「すべては自己責任であり、他のせいなどというのは一切ない」という内容のお話があります。(このサイトのなかでは、『我在るが故にすべてあり』というお話のなかにあります)

そのお話のなかで、五井先生が大変厳しく語られているように、「すべては自分ごとだったのだ、他人事ひとごとなどということはひとつも無かったのだ」と、腹の底から思えるようになって初めて、自分自身を真に赦し愛することが出来るようになりました。

そうなると、人を赦し愛するということが、無理なく自然に出来るようになってくるのでありました。

そのような体験から私は、五井先生が『人間と真実の生き方』のなかで、他の人を赦し愛すという言葉よりも、“自分”を赦し愛すという言葉を先にもってきた理由は、「何ごと何ものにも先がけて、まず自分自身を赦し愛することが大切である」という言外の真理によるのだと思っております。(つづく)

 

 

Copyright© 五井先生に学ぶ , 2017 All Rights Reserved.