五井先生に学ぶ

今改めて学ぶ『人間と真実の生き方』

人間と真実の生き方について⑫

投稿日:2017年9月18日(月)

    文字サイズ  
  • A
  • A
  • A
  • A
  • A

人間と真実の生き方

人間は本来、神の分霊であって、業生ではなく、つねに守護霊、守護神によって守られているものである。

この世のなかのすべての苦悩は、人間の過去世から現在にいたる誤てる想念が、その運命と現われて消えてゆく時に起る姿である。

いかなる苦悩といえど現われれば必ず消えるものであるから、消え去るのであるという強い信念と、今からよくなるのであるという善念を起し、どんな困難のなかにあっても、自分を赦し人を赦し、自分を愛し人を愛す、愛と真と赦しの言行をなしつづけてゆくとともに、守護霊、守護神への感謝の心をつねに想い、世界平和の祈りを祈りつづけてゆけば、個人も人類も真の救いを体得できるものである。

(つづき)

祈りの生活における原理・原則

自分たち人間の本質の神なることを思い出し、この世の苦悩や生老病死の因とそれらが現われれば必ず消え去る原理になっていることを知って、「必ず消え去るのだ」という強い信念と「今からよくなる」という善念を起し、どんな状況のなかにあっても、自分を赦し人を赦し、自分を愛し人を愛す、愛と真と赦しの言行をなしつづけてゆくとともに、守護霊・守護神への感謝の心を常に想って、世界平和の祈りを祈りつづけてゆけば、人間は必ず救われの境地に至ります。

実際に実践してみて、なかなか救われの実感に至らなかったとしても、数週間や数ヶ月、数年程度ですぐに諦めず、たとえ何十年かかってもよいと覚悟を決めて実践しつづけてゆけば、必ず揺らぐことのない救われの実感を体感・体得できますので、実行してみてすぐに救われの実感を得られないと思う方がいらっしゃいましたら、諦めることなく、うまずたゆまず実行されることをおすすめいたします。

ちなみに筆者の十数年前にいただいた白光の『新年の指針』の内容は、「汝は業想念があまりにも多過ぎる。一生かかってでもよいから業想念と神性の想いを逆転させよ」というような厳しい内容でしたが、そのことで覚悟を決めることができて、いつの間にか神性を自覚するまでに、救われの実感を得ることが出来ました。

祈る想いのあり方(角度や深さ)によっては、著書『神と人間』「神に祈りながら安心立命の道に入ってゆかぬならば、その人の神観は誤りであり、その祈りは正しいものではない。」とありますように、いつまで経っても心の安らぎを得られなかったり、感謝の想いが湧きあがらず、以前と変わらぬ不平不満・不足の実感・表明に終始する生活を繰り返すことになってしまうこともあります。

そのような場合には、みずからの救われに対して、「生命の永遠性を思えば、一生かかっても短いものだ。腹を決めて『人間と真実の生き方』を実践してゆこう」と思い定めて実行してゆけば、いつの間にか不必要な個我の汚れが消し浄められて、守護の神霊とともなる意識を自覚できるようになってゆくのであります。

五井先生がご自身を“天と地をつなぐ者”と表現されましたように、私たちもみずからの本質を思い出し、“天と地をつなぐ者”として生きてゆけるよう、たゆみない精進をつづけてゆきたいと思います。(おわり)

 

 

 

Copyright© 五井先生に学ぶ , 2017 All Rights Reserved.