五井先生に学ぶ

今改めて学ぶ『人間と真実の生き方』

本心と業想念の截然とした識別 ~ 五井先生の教えを実行するうえでの基本認識

投稿日:

    文字サイズ  
  • A
  • A
  • A
  • A
  • A

五井先生の教えを実行するうえでの基本認識

五井先生の教えを実行するうえでの基本中の基本は、『本心と業想念の截然とした識別』を身に付けることにあります。

なぜそう断言するかと申しますと、この『本心と業想念の識別』という認識力を持たなければ、いつまで経っても人間神の子の実感を、自他に認識する意識に至り得ないからです。

そこで重要な鍵として思い出すべきは、『人間と真実の生き方』の冒頭の箇所であります。

人間は本来、神の分霊であって、業生ではなく、つねに守護霊、守護神によって守られているものである。この世のなかのすべての苦悩は、人間の過去世から現在にいたる誤てる想念が、その運命と現われて消えてゆく時に起る姿である。

『人間と真実の生き方』より

一番重要な真理が、この冒頭の宣言のなかに平易な言葉で書かれております。

本心と業想念を識別する認識力を身につけるコツは、この真理の宣言がなされている箇所を、自己の考えそのものとして身に修めることです。

人間の真実の在り方に関するこの文章は、心の奥底にまで染みわたらせて、五井先生のお言葉としてではなく、自分自身の神観・人間観として認識できるようになることが肝要です。

そうなるためには、そう思うべく意識の運用に努め、それと共に何度も声に出して読み、写経するように繰り返し謹書することで、知らぬ間に潜在意識の入れ替えが行われて、いつの間にか当り前に、そう思える意識を自覚できるようになってくるのであります。

真の人間生命観を読み解く

この箇所を読み解くと、四つの要素に分けて観ることが出来ます。

  • 「人間は神の分霊(分光・光線)である」
  • 「人間は業生(神ならざる存在)ではない」
  • 「人間は例外なく皆、守護霊、守護神によって守られつづけている」
  • 「すべての苦悩は消えてゆく性質のものであり、永遠性のものではない」

この内容を理解できる意識、自分に対しても他者に対してもそう思える気持ちは、まぎれもなく本心側の意識です。

なぜならば、業想念に同化した精神状態にへばり付いた意識でいる場合には、この文章はみずからの存続を否定する(業想念自身と本心の入れ替えを迫る)ものでありますので、みずからの居場所を失う危険を感じたエゴ想念は、この内容真理を肯定して受け入れるわけにはゆかないのです。

それゆえ、この内容を受け入れられるということ、イコール、冷静に本心と業想念の識別が出来ている(神域から認識している)精神状態だというわけです。

問題は、その精神状態を持続するにはどうしたらよいかということでありまして、これは『人間と真実の生き方』を身に修める努力をしつつ、日常生活のなかで、うまずたゆまず『消えてゆく姿で世界平和の祈り』を実践してゆく以外に道はありません。

なんの努力精進もなく安易に救われる方法のないことは、五井先生も明言されているところです。

真実の真理を身に修めた人として生きてゆくことの出来るメソッドのなかでは、五井先生の説かれた道はきわめて為行の道でありますから、途中経過をいちいちよい悪いと批評しないで、「私は神の分霊なんだ、不完全な表れは消えてゆく姿で表れればその瞬間に消えるんだ、これから表れ来る運命は、一瞬一瞬に上書き保存している今の想いが表れてくることになるのだから、神の分霊としての想念・言葉・行為を表現してゆこう」と想いなおして、ひたすら消えてゆく姿で世界平和の祈りの実践に邁進してゆくことがよいのであります。

 

Copyright© 五井先生に学ぶ , 2017 All Rights Reserved.