五井先生に学ぶ

今改めて学ぶ『人間と真実の生き方』

狂操と明朗(後半)

投稿日:2015年5月25日(月)

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こうした狂操性はこれらの娘たちばかりにではなく、大人にも多分にあるのであって、労働組合のストライキだの、スポーツファンの喧嘩もやりかねない熱狂ぶり、大きくは国家社会の革命家などの中にも、かなりこの要素が含まれているのである。

青年は狂操性と明朗性を間違えてはならない。真の勇気から出てくる行動力と、興奮にかられた行動とをはっきり区分けしなければならない。

青年男女は常日頃、その知性を磨きあげておかなければ、ともすると、興奮的感情にかられて、善悪理非の判断を誤って、暴動や革命の中に飛びこんでしまう破目になりかねない。

近頃の新興宗教のある一部の人々のうちには、このに狂操性にかられた行動で、周囲の人たちを困らせているむきがかなり多いのである。真の宗教とは、そうした狂操性や、興奮的感情から解脱させうることのできる教であり、行であって、興奮して他人に論をぶちかけていったり、やたらに他宗を非難したりするものではなく、その人々を平和な調和した心境になさしめるものでなければならぬ。

真実に神の存在を信じうるようになると、自然に心が明るくなり、楽天的になってきて、病気や不幸が、いつの間にか消え去ってゆくものである。いたずらに騒がしい人、憂鬱な人、興奮しやすい感情を持った人々は、真実の宗教に入るか、名曲といわれる音楽を聴きなれるかするとよいのだ。おわり

五井昌久著『神への郷愁』より

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