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無明を破る方法②

(つづき)深い深い闇の中で、小さなロウソクの灯ぐらいをつけたって、向こうのほうは見えやしません。懐中電灯の灯でも見えません。

太陽のような光が届かなければ、すっかり見えませんし、闇はとけません。太陽が出れば、闇はとけてしまいます。(中略)

電灯は切れることもある。ロウソクは消えることもある。いくら修養して、一生懸命ロウソクをつけても、ロウソクはだんだん消えていって、やがてなくなってしまう。つまり限度があります。

消えない光は何かというと、太陽の光です。太陽は消えません。曇ったって、雲の向こうで光っています。ですから、太陽の光にならなければだめです。そうしなければ世の中は救われないし、自分たちも救われない。

いつも太陽のように輝いていなければ、自分もこの世も救われないのです。

それを今までの人は、太陽のように光らせないで、ロウソクのような灯をちょっとつけてみたり、電灯を一つつけてみたりして、「これが悟りだ、こういうふうにしなければいけない」というのです。

つまり、「お前の心が悪いから、よくしなければいけない」、「お前は妬み心があるから、妬みを直さなければだめだ」、「恨み心を捨てなければだめだ」とか、「恐れる心があるから恐れるものはみな来るから、お前は不幸になる」といわれます。

すると逆になって、気の弱い善人という人は、「私は恐れる心があるから、不幸がくるに決まっている」、「私はどうやっても恨み心が取れないから、だめな人間だ」、「私は短気でしょうがない。ああ一生だめなんだ」というようになってしまうのです。

皆さんも経験があるでしょ。(つづく)

五井昌久著『空即是色―般若心経の世界』より