(前略)人間とはいったい、いかなる者であろうか。
この問にたいして、はっきりかくかくの者であると答え得る人ははなはだ稀なのではあるまいか。
一見なんとなく考えすごしてしまうこの問が、人間世界の幸福を創りだす最も根柢になる問題であり、最もむずかしい答なのである。
人間とはいかなる者か、我とはいったい何か、これがわかった時、その人は永遠に救われ、多くの人間がこの問に答え得る時、人類は救われ、地上天国の実現が見られるものである。
今まで幾多の哲人、宗教家がこの問題に立ち向かい、あるいは百パーセントその問題を解明し得て覚者となり、あるいは半ば知り得て学者となり、あるいは誤り解してみずからの肉体生命を断ち、あるいは唯物行動家となって、世界をますます混乱せしめた。
かくて人間の本性を識り得た人が時代別にすると僅少であったため、現代に至るまで人類は混迷をつづけてきたのである。
わたしはここでひとまず、わたしの信ずる救われに入る人間観を簡単に述べて、次第に本題に入ってゆきたい。(つづく)
五井昌久著『神と人間―安心立命への道しるべ』より