私が教えているのは、気楽にのんびりと、日常茶飯事をそのままやりながら、いつも、どんなことがあっても、一瞬一瞬が消えてゆく姿なんだなあ、世界人類が平和でありますように、とやることです。
形に把われたら形がまただめになります。
一応、形があって統一しますけれども、ふつうは当たり前で、歩いていてもいい。
わざわざ形を整えてやらなくてもいいんです。
整える時は整えていいんです。
ここ(道場)にいる時は、みんなが整っていれば整えたほうがいいんです。
けれど家の中で、掃除をして、はたきをかけていても、掃除機をかけながらでも、また、物を売りながらでも、ハイ有難うございます、世界人類が平和でありますように、この人の天命が完うされますように、とやればいいでしょう。
役所でハンコを押すんでも、ああ、世界人類が平和でありますように、とやればいいわけです。
一つの字を書くんでも、物を売るんでも、お裁縫をするんでも、世界人類が平和でありますように、というのが心の中にあって、日々の生活をすることが世界平和の祈りの運動なんです。
五井昌久著『永遠のいのち―本当の自分に出合う 聖ケ丘講話 (聖ヶ丘講話)』より