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古い人ほど内省をしなさい①

(前略)

人を救うことはいいけれど、自分の想いのクセ、業をそのままにしておいたのではいけません。

人を救いながら内省しなければ……。

人に教えるのだから、自分が立派にならなければダメでしょ。

常に内省して、神とひとつになってゆくことが大事です。

これは宗教団体に入るとか入らないとは別問題です。

自分自身の問題です。

自分自身がこの地上界で、あるいは霊界で、永遠の生命ですから、存在している限りは立派にしなければダメですよね。

だから自分を立派にすることと、人に平和の祈りをすすめたことは、別と考えていい。

そのほうが内省する力が強くなる。

どんどん活動していると、つい自分を省みることが少なくなる。

初めの新しい時はとても熱心で、本もよく読む。それで内省している。

ところが古くなってきて、人を何人か入れたりして、人の頭に立って、何々さんって慕われるようになります。

すると、どうしても新しい人を下目に見たり、自分を上に置きたくなるのですよ。

その時が一番、曲者。

みんな新しいからダメだとか思うのです。

新しく入ってくる人は、理屈としてはわからなくても、魂は立派な人がいます。

人の救いに立てるようになり、人に教えが説けるようになり、古くなってくればくるほど、地位が高くなればなるほど、自分を内省して、ますます磨いて、後ろから見ても前から見ても、どこから見ても、裸になって見ても、あの人は立派だといわれるようにならないとダメなんです。

自分をごまかしてはダメですよ。

私が一番嫌いなことは、自分をごまかすこと。

(つづく)

五井昌久著『悠々とした生き方―青空のような心で生きる秘訣 聖ヶ丘講話』より