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形に把われるな(後半)

(つづき)

先日の交流会で、天之御中主大神、いわゆる宇宙神が出て来まして、私が言霊を唱えまして、それからいろいろ交流をやったのです。

一回終わって次につづくのですが、みんなが疲れたからひとまず休んだ。

私は始める前から、実はお便所に行きたかったのです。

だけど昼食が終わったらすぐに始まっちゃったでしょ。

行く間がなくて忘れちゃった。

それで壇上で交流会をしたのですが、みんなくたくたになったから、時こそ至れり(笑)。

おしっこに行ってくると、便所へ行っちゃった。

今まで天之御中主大神がここにいたのにね。(笑)

たちまちおしっこに行く五井先生が出ちゃったのですね。(笑)

それでいいんです。

それが自由無礙無礙、自由無礙。(笑)

役目が済めばそれでいいのですよ。

何もいつも神官の格好をして、畏まっていなければいけないということはない。(笑)

そんな堅っ苦しくては長持ちがしない。(笑)

だから厳粛なときは厳粛がいいし、やさしいときはやさしいがいいし、我が家に帰って、「今戻ったぞ、夕飯はまだか」なんてやったんじゃね(笑)、話にならないでしょ。

自分の夫にお灯明を上げてしまったら(大笑)しょうがないでしょう。

だからそういうのを神憑ったというのです。

そういうのではないのです。

(後略)

五井昌久著『魂が大きく開く時 (聖ヶ丘講話)』より