なくてならぬものは与えられる
この地球世界で生活してゆくのには、どうしても物質の恩恵に浴さなければなりません。どのように精神的に秀(すぐ)れている人でも、物品なしで生活するわけにはゆきません。そこで精神生活と物質生活の調和について、私の体験を通して書いてみたいと思います。
私が市川に住みついた最初は、二階二部屋の間借り生活でした。私は元来、宗教の教えをして金をもらってはいけない、という気持ちを強くもっていましたので、独身の時にはやたらに礼金をこばんでいたものでしたが、結婚してからは、礼金をこばんでばかりはいられません。どんなに精神的に磨いても、この世の生活では金品の恩恵を受けないでは生活ができなくなるからです。
しかし事実はそうでありましても、宗教的な指導をして金を取るのは、どうにもやりきれなかったものです。それを察してくれたのが、白光真宏会、前理事長の横関さんで、二階階段の上に感謝箱を置いてくれたのです。それは私にとっては大助かりでした。入れる人はいれる、入れない人はいれないで、私が金のことで気を使わずにすむようになったからです。
私たちは感謝箱に入ったお金を神さまからいただいたお金と思って、それで貧しい生活をしていたわけです。ところが面白いことに、その日の指導の終わり頃になると、きまったようにだれかしら、今日、明日のお金に困った人がたずねてきて、相談を持ちかけるのです。とどのつまりは、必要なだけ感謝箱から持ってゆきなさい、ということになって、その人たちは涙を流して帰ってゆくのです。
どうせたいしてある金ではないのですが、どうやらその人たちのその場逃れの役には立ったようでした。ですから、終わってみて、感謝箱に一銭も残らぬ日もあったようでしたが、どうにか私たちは生活できていたのです。しまいには、市川には箱からつかみ取りで金をくれる人があるそうななどという噂がでたようで、横関さんがたまりかねて、先生には一切お金のことのわずらいはさせまいということになり、今日のように会組織にしてしまったわけです。
その間、私も妻も生活の心配など一度もしたことはありません。すべては神のみ心によってなされている、ということを熟知していたからなのです。私たちになくてならぬものは、神さまのほうでご承知なのです。私たちに与えられたものは、それが一度私たちの手を通って、他に与えられるべき性質のものであるかもしれないのですから、一切の執着があってはならない、そういうことを、私たちはよく知っていましたので、人に与えるということは、私たちが神の仲立ちとして、神から預かったものを人にお渡しすることであると、ひとりでに思っていたのでした。(つづく)
五井昌久著『光明をつかむ』より