世界平和の祈りが自然に鳴り響けばしめたもの

(前略)いつまでも病気をつかんでいれば病気はあるんだし、いつまでも貧乏をつかんでいれば貧乏があるんだし、悩みをつかんでいれば悩みはあるんですよね。

「悩みを離しなさい」と言っても離せない。「貧乏を離しなさい、病気を離しなさい」と言っても離れない。

そこで私は、「離しなさい」とは言わないんですよ。

「つかんだらつかんだままでいいですよ。けれども世界平和の祈りだけやんなさい」と、こう言うわけです。

「金儲けしたい」と思ったらそれでもいいですよ。「病気が治りたい」と思ったらそれでもいいですよ。

いいからそれと同時に、そういう想いをもったままで、“世界人類が平和でありますように”とやんなさい」と言っている。

そうすると、やっているうちに「本当だ」ということがわかってくる。

初めはだいたいわかんないんだ。「ほんとかな?嘘かな?どうだかわかんないけれど……」ってやってるんですよ。

やっているうちに、だんだん世界平和の祈りというものが、心の中から湧いてきて、念仏のように世界平和の祈りが鳴り出してくる。

もうそうなったらしめたもの。

これ(※心の内奥なかから自然に鳴り響く世界平和の祈り)は、死んだ先あの世でも鳴ってますから……。

死んだ先で鳴っていれば、これは天国なんです、必ず……。(後略)

五井昌久著『講話集〈4〉想いが世界を創っている (講話集 4)』より