五井先生に学ぶ

今改めて学ぶ『人間と真実の生き方』

大切な区別

投稿日:2015年8月4日(火)

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神は絶対者であって、絶対の愛、絶対の智慧であります。その絶対者が、罪悪深重(じんじゅう)の凡夫だの、罪人的人間を創られるわけがありません。

しかも神は、人間を自分の姿に似せて創られたと、聖書には書かれてあります。神自身に似せて創られた人間が、罪悪深重の凡夫だったりすることの面妖(おかし)さに気づかなければなりません。

いつ、どこからそんな間違ったことが起こってきたのでありましょう。

それは、本心(人間の本質、神性)と業想念を混合してしまって、人間自身と思い違えてしまったことから起こったのであります。

比喩的にいえば、木に彫刻された像と、彫刻するために削り取られた木屑とをごちゃ混ぜにして、完成像と見間違っているようなものであります。像はもちろん、本心(神の子)であり、木屑は業想念であります。

ですから、神の子という場合でも、罪悪深重の凡夫という場合でも、その云い方、想い方をはっきりしないと、かえって神仏から遠ざかってしまうのであります。

人間は本心において神の子、仏子なのであり、業想念においては、罪悪深重の凡夫であり、罪の子でもあるのです。

この区別をしっかりすることが出来なければ、この地球人類は永劫に救われることはないと想います。

五井昌久著『白光への道』より

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