(前略)一番困るのは宗教の強制です。
「この神さまをお祭りしなさい」、と強制されますと、断れないんです。神さまごとを断ると罰(バチ)が当たりそうな気がしてね。
それでまァいいや、入っておけ、と入る。そんなのは信仰でもなんでもないんです。
生命保険なら断れます。どういうものか、宗教だけは断れない。神さまという後ろ盾があるものだから……。
罰を当てる、そんな神さまはありません。それは業なのです。
業の想いと、神さまの本当の姿とを間違えてはいけませんね。
神さまというものは、あくまで人間を救おうと思っている。人間を赦そうと思っている。
人間をいじめようと思って来ていない。人間の原罪というものをほどこうと思っている。
罪の観念というものをなくそうと思って来ているんです。(後略)
五井昌久著『明るい心―五井昌久講話集4』より