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古い人ほど内省をしなさい③(完)

(つづき)

それは言葉や理屈ではないのです。

言葉でどんなに真っ当なことを言っても、なんか変だなと思う人がありますね。

口はきかないけれど、ふっと笑っただけで、なんていい人だろうと思われる人がありますね。

しゃべらなくても立派だなあと思われるような人に皆さんがなれば、世界は平和になるんですね。

だから、自分が本当に立派になれば、世界が平和になるんだな、ということを思うといいですね。

それを逆にいえば、世界の平和が一日も早く来るためには、自分が立派にならなければいけない。

もし立派でないものがあったら、それは消えてゆく姿だな、消えてゆく姿だな、世界人類が平和でありますように、日本が平和でありますように、私たちの天命が完うされますように、あるいは、私が愛深い人間になりますように寛容の美徳の備わった人間になりますように、といいことばかりを思うんですよ。

この世界は思うと思いのままになる。

汝の信ずるごとく汝になれ、といって思う通りになる世界。

だから、事柄ではないんですよ。

お金が入りますようにとか、病気が治りますようにとかは、それだけのことですよ。

それだけの話。

自分が愛に満ちた人間になりますように、把われの少ない人間になりますように、と思うことは、自分の頭で常に思えますね。

逆に、いわれなくても自分で思えばいいんだから、これほど簡単なことはない。

そうしているうちに、知らない間に寛容の美徳が備わった人間になり、少しくらい誰かにけなされても少しも気にならない人間になります。

これは心の修練です。

それが宗教なのです。

(後略)

五井昌久著『悠々とした生き方―青空のような心で生きる秘訣 聖ヶ丘講話』より