(つづき)だから仙人などというのは、一つの行の方法がありましてね、それによっていろんな神通力を出すわけです。
ところがそれに把われている。
把われているから、その範疇でないもの、離れたものとは交流がうまく出来ないんですよ。
この世の宗教者で立派な人であっても、普通世間の人との付き合いが出来なかったりする場合がある。
自分だけは高いところに行っちゃうから、この地球界に住んでいながら、地球界の人とはまるで交渉が出来ないような立場になってしまう場合もあるんです。
孤高、つまり、自分ひとり高く、人よりそびえ立ってしまうと、他との釣り合いが取れないから、他との付き合いが出来なくなっちゃう。
日常の社会の付き合いが出来ないような立場になる人がある。
それは本当は解脱してないんです。
”大聖は街に隠れ、小聖は山にこもる”で、大きな聖人というものは、町にいて、ちゃんと仕事をしているというんですね。
(つづく)
五井昌久著『空即是色―般若心経の世界』より