(前略)
肉体側のこちらからも、世界人類の平和を願いますと、その祈りは、天の本体(直霊)や守護神、守護霊と等しき祈りになりますので、その瞬間は肉体を包む業(汚れ)は一挙に突破されて神我一体となるのです。
今の一時一時をこうした大乗的祈りにしてゆくことこそ、真に今を生かし、神の生命を生かしきっているということになり、真の世界平和の到来を促進させることになるのであります。
(後略)
五井昌久著『生命光り輝け-五井昌久講話集1』より
(前略)
肉体側のこちらからも、世界人類の平和を願いますと、その祈りは、天の本体(直霊)や守護神、守護霊と等しき祈りになりますので、その瞬間は肉体を包む業(汚れ)は一挙に突破されて神我一体となるのです。
今の一時一時をこうした大乗的祈りにしてゆくことこそ、真に今を生かし、神の生命を生かしきっているということになり、真の世界平和の到来を促進させることになるのであります。
(後略)
五井昌久著『生命光り輝け-五井昌久講話集1』より