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宇宙運行が変わりつつある時代の生き方②

(つづき)今合わせるのが嫌で、ジタバタしたとします。しかし、ジタバタしたって、何したって、神々の方で、守護神のほうでは嫌でも変えてしまう。

嫌だったら他の方法でやります。Aが嫌だったらBの方法でやります。Bの方法が嫌ならCの方法でやります。否でも応でも、どうやっても変わらなければ生きてゆけない。

生命が壊れちゃうんだからね。生命が壊れると、その人の個性というものも壊れちゃうわけですよ。だから、どうしても変わらないわけにはいかない、という状態になっているわけです。

ところが、みんなこの世の中の先のことは少しもわからないわけです。昨日あった雷雨ではないけれど、昨日、雷雨があるなんて、少し前までは知らないです。あんなすごい雷雨があるとは知らない。あれが雷雨ぐらいで済んでいるからいいですよ。

いつ天変地変があるかわかりませんよ。今、無事だから天下泰平だ、ああ、いい天気だ、ってやっているだけです。でも、明日のことさえわからない。いつどんな天変地変が待ち受けているのか、どんな戦争が待ち受けているのか、みんな知りゃしないんですよ。

昨日の雷雨よりすごいのが二日も三日もつづいてごらんなさい。一週間もつづいてごらんなさい。どうなりますか?ずーっと、つづいたと考えてごらんなさい。

バカンスがどうのこうの、夫がどうの妻がどうの、私は音楽を聴かなきゃいられません、私は遊びたいんです、そんなことを言っちゃいられませんよ。今どうしたいという、自分のやりたいことだけを主張していて、どうしますか。

宇宙の法則はどんどん変わってゆく。その変化を追いかけて、否でも応でも波動を合わさなければならない。ところが、波動を合わせなければならない肉体のほうは、その場その場を楽しみたい、とばかり思っている。

もう目の前に暗黒の雲が迫ってきている。地球を滅ぼそうとするのではないのだけれど、宇宙の法則が変わるから地球が変動する。

それに外れて動けば落ちてしまうでしょう。全部が一緒に動かなきゃならない。そうするためには、肉体の波動も変えなきゃならない。どうしても、嫌でも変えなきゃ。(つづく)

五井昌久著『天の心かく在り―日本の進むべき道 (聖ケ丘講話)』より