五井先生に学ぶ

今改めて学ぶ『人間と真実の生き方』


皆さんと私(後半)

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(つづき)
みんなもう引っ張ってくれる
人がいないんだからね。
教団なんていったって、
教祖なんて、
引っ張りゃしないんだから。
ただ理屈を教えるだけですからね。
(中略)

過去世の因縁で
人が集まるような因縁になって、
集まって来るんだよね。
それで自分は引っ張れないんです。
(中略)

だから、亡くなった人が浮かばれない。
ところがうちの場合には、
先生が一緒にいるんだから、
「ごーいせーんせ~い」
って呼ぶ人には、サーっと来て、
スーッと上げてくれるわけです、
ねっ。

もっと言い換えるとね、
肉体に見えている
五井先生っていうのは、ね、
これはもうね、ほんのわずか、
まだ……、ほんとに、
見えなきゃ困るから見える
状態になっているだけなんですね。

本体っていうのは、
ものすごい大きなものなんですね。
すっごい光なんです。

だから、もう光に
みんなは会ってるんだからね。
光にみんなつながってるんだからね。

「ごいせんせい」
って言う場合には、
ズーッとここを通って
光の中に入ってゆくわけですね。
(中略)

本体っていうものは光り輝いて、
宇宙大に大きいんです。

皆さんも本当はそうなんだけど、
そういうことを
自分で知らないんですよ、
全然ね。
知らないでしょ。(中略)

いくら言われたって
わかんないですよね、
それは。

自分がその境地にね、
想いが行かなきゃ
わかんないんですね。

私の場合には、
スッとやれば(統一すれば)
いないんです。
スッとやらなくてもいないんです。
ただ現われてるだけです。

お分かりになるかな。
分かる人はわかりますね。
もう、だんだん
みんな分かってくる。
本体が分かってくる。

だから
「五井先生ってどういう人ですか」
って言われると
一番困っちゃうんですね。

どう言ったらいいか。
「ないけどあるんです」(笑)、
「いるんですけどいないんです」
なんてね(大笑)、
どう言っていいか
わからないね(笑)。

だから、キリストのような人
っていうといいと思います。
そうすると、漠然と分かるからね。
(中略)

割り方、私はね、
謙遜家なんです、元々はね。
だんだん謙遜も何も
捨てましたけどね。

それで、私の中には
光だけだってことが
よーく分かる。
(それ以外に)
なんにもないってことがよくわかる。
(中略)

こっち(個我)が無いってことは、
大神さまがそのまま
現われていることなんです。

大神さまが現われる
必要がない時には、
小さく現われる。
いくらでも
現われようと思えば現われる、
ねっ。

だから、奥へ行っても
奥へ行っても
奥へ行っても
そこに居る。

ここまで追いかけた。
また奥に居るから追いかける。
どこまで行っても
どこまで行っても
届かない。

そういう風にして
追いかけてくるといいですね。
だから、(五井先生という存在を)
形あるものと思いなさんなよ。

五井先生というのは、
形あるものじゃないんですね。
形は、ここ(肉体)を通さなきゃ
想いがつながらないから、
現わしているだけなんです。

「あ、五井先生が居るな」
ってわかりやすいから
現わしているんです。
分かりますね。

だから、
触らなくていいですから(笑)。
ここを通せばいいだけなんです。
(肉体に現われた大神、大生命の光)

皆さんも本当はそうなんですけど、
気がつかないだけなんです。
だから、先に
目が覚めた私が教えているんです。
(後略)

ある日の五井先生のお話しより

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