(前略)
人間が人間であるということのためには、何が大事かといいますと、動物と違って神様と一つになっているという意識があるということなのです。神様が自分を守っていてくださるんだ、神様と一つなんだという、強い意識があればあるほど、本当の人間なのです。
動物には神様が守っていてくれる、という意識はありません。ただ本能のままに生きている。あやつり人形のように動物は、創られた神様に動かされて生きている。ところが人間はそうではない。
自分から思う意志がある。「神様ありがとうございます。神様は守っていてくださるんだ」そういうように思える能力がある。それから自分の思う通りに創造してゆく能力がある。未来のためにいろんな計画をしたり、知恵を働かして、未来をどんどんよくするように努力することが出来ます。動物にはそれが出来ません。
未来の人類の平和などを考えないで、その場その場だけを楽しめばいい、というような考えは、人間ではないんです。それは動物なのです。
その場だけ食べられればいい、今遊べばいい、今なんとかなればいい、しかも自分だけ、自分の家族だけ、のうのうと暮らせれば、それで事足れりとするならば、それは犬や猫と同じなのです。動物と同じなのです。
なぜかというと、未来の理想を持たないからです。やはり人間と生まれたからには、人間の条件の最初のものは、未来をよくしてゆこう、どんどん進歩してゆこう、いい世界にしてゆこう、いい人類にしてゆこう、という希望や理想というものがあって、それに向かって一歩一歩進んでゆくことです。(つづく)
五井昌久著『悠々とした生き方―青空のような心で生きる秘訣 聖ヶ丘講話』