五井先生に学ぶ

今改めて学ぶ『人間と真実の生き方』


人間の実相(神性)を観ることについて①

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(前略)問63 人間の実相は完全円満だから、人間の悪を見てはいけない、すべての人間を神の子として拝まなければいけない、という教えがあります。この教えは本当に善い教えだと思いますが、実際やってみようとすると、どうしても中途半端になってしまって、人にだまされたり、かえって人に憎まれたりしてしまうのですが、先生はこの教えをどうお考えになりますか?

答 私も根本的には善い教えだと思います。この教えの根本は人間の理想であり、天の心そのものであり、神の子の心そのままのものであるので、人間は本来、そうしたものであるのです。

そうしたものというのは、「悪を見てはいけない、拝まなければいけない」などというように、「いけない」というような言葉がついてくるものではなく、お互いが「善そのもの、真そのもの、美そのもの」であるということであります。

そこに「いけない」などというような言葉をつけてしまうと、もう人間は、本来実相完全円満だという真理が死んでしまって、ただお説教だけがそこに残ってしまうのです。そこがこの教えの問題点となって、あなたのような質問が出てくる原因になるのです。

私も「人間は神の分霊であって、神が完全円満である」と同じように、本来は完全円満なのだと解いているのですが、だからといって、この地上界の人間の悪を見ずに、神の子として拝まなければいけないなどと、そうなんでもなさそうに神の子として誰も彼もを拝ませるような導き方はしていないのであります。

何故そうしないかと申しますと、私はこの地上界、肉体界の業生、業想念の波の層の容易ならぬ深さを知っているからです。(つづく)

五井昌久著『宗教問答 (〔正〕)』より

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