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俺はどこから生まれでたのか自分では知らない
俺の体はいつの間にか大きくなり海を走り山を越える
俺は時には優しい声を出すが
時には恐ろしい声で吠えながら走る
人間は優しい声の俺を愛してくれるが
吠えながら走る俺の姿をみると
顔を抑え眉をひそめながら俺をにらみつける

俺は夏の終わりから秋になると
無数の雨の柱を抱きながら狂い走る
狂い狂い狂い走る
人間たちは俺の勢いに押し倒され
河川(かせん)ははんらんし
家は壊(こわ)れる

人間たちの泣き叫ぶ声を聞きながら
俺は俺自身で自分の勢いを止めることができない
俺は俺に荒らし廻される人間たちを哀れみながら
俺自身も悲しくなって大粒の涙を流し流し走りまくる

やがて次第に俺の歩みはゆるやかになり
心も次第に落ちついてくる
俺は今遠ざかってゆく陸地をふりかえりながら
海の上を静かにすべってゆく

俺は俺の生涯のある一時(いっとき)だけの
優しい柔らかい俺の心を懐かしみながら
大自然に向かって呼びかける

自然よ
大自然よ
俺はいつでも優しい柔和な俺でありたい
人間に愛されつづける俺でありたい
人間世界に苦悩や争いがすっかり無くなることが
人類の願いであるように
俺の心も平和そのものでありたいのだ

俺の呼びかけに応(こた)えるように
大空の雲がすっきり晴れわたり
暁の太陽が輝やかな円光を放っていた

五井昌久著『平和讃-詩集』より