(つづき)今思っている姿は今のことなのです。
だから、
“世界人類が平和でありますように
日本が平和でありますように
私たちの天命が完うされますように
守護霊様・守護神様
有り難うございます”
と祈っている姿は、神様のみ心の中に入っている想いです。神様のみ心の中に入っているということは、神様は完全円満な大智恵、大光明なのだから、そこに不幸や不完全があるわけがないということです。
それなのにお祈りしながら、かつ「不幸になりはしないか、天変地異が来やしないか、嵐はどうか、子供はどうか、貧乏はどうか」とまだ思う。
その想いは今の自分の想いのような気がしますね。
ところがそれは、今の自分の想いではなくて、過去の波が今、頭の中を通り過ぎてゆくだけなんです。
本当にあるんではないんです。過去あるいは過去世にあったもの。
そのあったものが頭の中を通り過ぎてゆくだけなんです。
それが消えてゆく姿なんです。
みんな本当のものではないから、消えてゆく姿なんです。
本当のものは消えないのです。
本当のものというのは、神様のいのちなのであり、神様の分霊であり、完全円満でみんなが愛語し、みんなが楽しんで、みんなが明るく、なんにも悪いことを考えないで生きられる人間が、本当の人間なのです。(つづく)
五井昌久著『空即是色―般若心経の世界』より