著書 一人の人間は神々の光の統合であるということについて (前略)想ったところが自分なのです。だから無為にしてなせば、奥の奥のどこまでも行くわけです。それをたいがい自分というと、一人いるような気がするのですよね、ここに……。自分というのは一人だなんて、とんでもない話です。一人ではなくて、神々、あら... 2016年8月4日(木) 著書
著書 業想念を超えよう(後半) (つづき)人間とは可笑しなもので、幸福を追い求める想いがあるから、自分を不幸だと想い、よく生きたいという想いがあるから、死にたい、という反対表現をする。幸福を求めながら、不幸だ不幸だと自己を不幸という想念の渦に巻き込んでゆき、生命をよりよく... 2016年8月3日(水) 著書
著書 業想念を超えよう(前半) (前略)今、ここ大地の上に私という一人の人間が立っている。この一人の人間は、五月の青葉のさやぎに目を細め、大空からひびいてくる陽光(ひかり)の律動(リズム)に自己の想いを溶けこませて、生きていることの喜びを満喫している。陽光は有難い。青空は... 2016年8月2日(火) 著書
著書 神々の働きについて 今日は神界の働きと、これからの人間世界について、お話をしましょう。一体、神さまは一つなのか、たくさんあるのか、ということが初めに問題になります。キリスト教では天父といって、ただ一つの神をいい、仏教では仏といって神とはいわず、神道では八百萬神... 2016年8月1日(月) 著書
著書 すべては自己責任③(完) (つづき)消えてゆく姿として現われて消えてしまい、光り輝いてしまえば、祖先が迷っているもへったくれもありませんよ。みんな輝いてしまいます。それで、一人出家すれば九族救われる、というのです。出家ということは、悟るという意味なんですよ。いわゆる... 2016年7月31日(日) 著書
著書 すべては自己責任② (つづき)私は皆さんの苦しみを背負います。皆さんが苦しんでいる、悩んでいる。一緒に苦しんで悩んでいるように見えるけれども、私は苦しんでいませんよ。心はいつも澄んでいる。心はいつも明るい。それと同じように、自分が苦しんでいることは、自分の業な... 2016年7月30日(土) 著書
著書 すべては自己責任① 問祖先の因縁で自分が苦しむということはあるのでしょうか。答祖先が悪いことをして、それで子孫の自分が苦しむとは何事だ、私は祖先なんか知らん、という人もあるでしょうね。祖先の因縁で自分が苦しんでいる、という言い方が少しおかしいからね。祖先の因縁... 2016年7月29日(金) 著書
著書 無名は天地の始めなり⑤(完) (つづき)そして、どちらも之を玄という。つまり、霊妙不可思議なる、あらゆる能力を含んだ実在、即ち神そのものであり、神の現われである、というのであります。その玄と老子がいっている、霊妙不可思議なる存在は、どこまでも深く、どこまでも広く、無限大... 2016年7月28日(木) 著書
著書 無名は天地の始めなり④ (つづき)この無名が、何々という名前をつけてきますと、これは無名ではなく、神そのものではなく、神の現われとしての存在となってくるのです。そして、霊的な微妙な波動としての存在から、次第に粗い波動の存在、つまり、物質的な現われに変化してくるので... 2016年7月27日(水) 著書
著書 無名は天地の始めなり③ (つづき)『無名は天地の始なり。有名は万物の母なり。』無名というのは、宇宙万物を創りなす根源の力、相対的な何もの何ごとも現れ出でぬ以前の、すべての働きの根源の創造力そのもののことであります。それは、相対に現われぬ根源の力であり、絶対なる生み... 2016年7月26日(火) 著書