五井先生に学ぶ

今改めて学ぶ『人間と真実の生き方』


五井先生の元へは数多く伺ったほうがよいか

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(前略)問25 いつも先生のことを想っていれば、先生のところへ行かなくともよいのか、先生のところへは数多く伺ったほうがよいのかお教えください。

答 想いは常に波状になって流れているので、私を想えば、その想いは私のところへ必ず達します。

信者の人が私を想う場合には、常に個人の五井昌久を想うのではなく、神の器として、あるいは神の場所としての五井昌久を想うに相違ありません。ですから私を想っていさえいれば、肉体の私に会わなくともよいということになります。

ところが人間の想いというものは不思議なもので、その人に会わずにいる期間が長くなると、つい他の常々会う人々や、様々な用件に追われて、その人のことを忘れがちになりやすいものです。また実際問題として、真実に愛し、慕っている場合は、よいとか悪いとかいうことよりも先に、一目でも多く会いたい、一目でも多くみたい、一口でも多く話を聞きたいという気持ちになるもののようです。

こんなことは私自身が答えることではないのですが、暇をみては時折来られるほうがよいと思います。それは、直接強い光明に接することが多いからです。

しかし、用事が多くて、来たくとも来られないとか、遠くて来られないという人などは、それは仕方のないことで、たゆみなく白光誌やその他の本を読み、真実の人間の生き方を想念行為に現すよう努めてください。

それから私の提唱している世界平和の祈りを、常に唱えていてください。この祈りを真剣に唱えている時には、その人の周囲は必ず光明燦然としていることは、白光誌やその他に掲載されている体験談にもあるとおりです。(後略)

五井昌久著『宗教問答 (〔正〕)』より

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